『サロメ』 恋する乙女のアクセルべた踏み
女として生きることは大変だ。仕事もこなさなきゃいけないし、妻なり母なり女としての性も全うしなきゃいけない。
ちょっと登場人物の関係は込み入っている。主人公はとあるユダヤの国の王女。母エロディアスは、夫の弟のエロドの妻となる。エロドはエロディアスに懸想し兄王を殺害し国の長となる。そんなエロディアスも若く美しい継子であるサロメに尋常ならぬ想いを持つ。
そんなときに預言者ヨカナーンが現れ、母エロディアス姦通の罪と、サロメをその子として糾弾する。
ある月の美しい夜、サロメはヨカナーンを見る。この物語では、「見る」ということが危険な力を持つ行為として描かれる。
サロメ「あそこはいや。とても我慢できない。なぜ王はあたしを見てばかりいるのだらう…妙なこと、母上の夫とあらうに、あんな目であたしを見るなんて。あたしには解らない、どういふ意味なのか…いゝえ、本当は解っている」
「あたしは会つてみたい、あの不思議な預言者に…あたしはあの男をもつと近くでみなければならない。」
ヨカナーンと会うことを嘱望するサロメに、護衛のシリア人(サロメに恋してる)は二人を引き合わせることを拒否するが、最後はこの言葉で落ちる。
サロメ「モスリンのヴェイルの奥から、お前を見てあげるのだよ、ナラボス…あたしをごらん、あたしを。」
ヨカナーン「この女は何ものだ、おれを見てゐるのは?見てはならぬ。…知りたいとも思わぬ。連れていけ。この女ではない。おれの話したいのは。」
エロド「…虫が知らせる、なにか禍が起こらうとしてゐるのだ…篝を消せ。おれは何も見たくないのだ。」
サロメ「あゝ!あたしはたうとうお前の口に口づけしたよ。お前の唇はにがい味がする。血の味なのかい?これは?…いゝえ、さうでなうて、たぶんそれは恋の味なのだよ。」
サロメはヨカナーンの首を斬らせたあと、エロディアスの兵に刺殺される。粘着メンヘラが一方的に片思い&玉砕しただけじゃねーかと思われそうですが、彼女はとても生きづらかったに違いない。
実の父は殺され母はその犯人の妻になってしまった。そんな継父からは性的な目でみられる。どこにも行けず息苦しかっただろう彼女にとって、ヨカナーンを見つけた時の衝撃は大きかったことでしょう。遠くの国から来た男、救世主が来ると説く男はさぞ魅力的だったのでは。
相手の気持ち、生死を問わず「あの男が欲しい」って感情を1μmlくらい奥底に隠し持っている女のひとは結構多い。女の情念の深さってやつか。残念ながらわたしはまだそこまで思ったことないけれど。
エロド「サロメ、おれに踊りを見せてくれ。…踊つてくれたら、なんなりとほしいものをつかはさう。」
サロメ「本当に、ほしいものはなんでもと、王さま?…ヨカナーンの首を。」
サロメ「あゝ、ヨカナーン、ヨカナーン、お前ひとりなのだよ、あたしが恋した男は。あゝ、どうしてお前はあたしを見なかつたのだい、ヨカナーン?…一目でいゝ、あたしを見てくれさへしたら、きつといとしう思うてくれたらうに。…恋だけを、人は一途に想うてをればよいものを。」