DrBulucaniloの日記

独身女臨床獣医の読書感想文

『若きウェルテルの悩み』ゲーテ

 

若きウェルテルの悩み (岩波文庫)

若きウェルテルの悩み (岩波文庫)

 

 

片思い男の古典的バイブル。私は女だけど、片思いしたことだってあるし思い焦がれたけどダメだったこともたくさんある。そんな時に女でも共感したい本のひとつ。

感性と教養豊かな主人公は、母亡きあとの家をまもる清純な乙女ロッテに恋する。でも横には幼馴染でよい就職先も決まってる女からみたら超優良物件男がひっついてる。二人の結婚に耐えかねて遠くの街で働き出すが、やっぱりなじめず戻り、苦悩の末自殺するという顛末。ウェルテルが友人ウィルヘルムへの書簡の中で思いをつづる形式。着目すべきは内的感情の変化。始めは町の美しさや芸術とはなんぞというさわやかでどこか現実的ではない内容の手紙なのが、ロッテへの思慕の念とアルベルトへの友情と嫉妬の入り混じった感情がはいってきてからはさあ大変。

前半抜粋「ああ、かくもゆたかにかくもあつくわが心の中に生きているものを、描き出すことができたら!-友よ、私はこれによって滅ぶ。私はこの壮麗な現象の力に圧倒されてくずれおちる。-人間の中には、自己を拡充してさらに新しい発見をし、さらに遠くへさまよい出ようとする欲望がある。それだのにまだ、制約に服し、習慣の気道を辿って、右にも左にも目を放つまいとする内的な衝動もある。」

私はこの前半パートの芸術論とか、人間の性質についての考察のあたりが好き。

「疑いもなく、人間をこの世でもっともなくてはならないものにするのは、愛だ。-友よ、私は常に現状の変化を渇望せずにはいられないのだが、これはことによったら内的な不快な焦燥感なので、どこに行っても私を追跡してくるのではなかろうか?ーなんでも優良な血統の馬があって、駆り立てられて激しくて苦しくなると、本能的に自分の血管を咬み破って呼吸を楽にする、という話を聞いたことがある。ときどき私も自分の血管を開きたい。そして永遠の自由をかちえたい。-おお、愛、よろこび、熱、悦楽、これらのものはわれわれから与えなければ、人からは与えられることがない。」

 

この焦燥感、渇望。読んでいると私も胸が苦しくなる。ウェルテルのロッテへの渇望は、読者の追体験となって伝えられる。それはかつて得ることのできなかった愛のできそこないの思い出に対してかもしれないし、あと一歩まで近づきながら叶えられなかった夢に対する渇きなのかもしれない。

 

『グレートギャッツビー』とか、『若きウェルテルの悩み』とか、聖女みたな悪女みたい女を手に入れたくて男たちはやきもきしてるんだろうが、女だって自分を一途に見つめてくれる男が欲しいし夢みたい。女視点で見るとロッテは最強のリアリスト。感性の会うウェルテルに惹かれつつ堅実なアルベルトを選ぶ、自覚はしていない所がさらに女としての鋭さを強調する。ものすごい野心家な女だ。男の野心と女の野心は違うと思う。

 

 

ちなみに現役獣医師の立場から言うと、どんなに高い馬を掛け合わせて生まれた馬でも、自分の血管を食い破ったりはしない。